最新の科学的な知見についてnote上の「 感覚と運動の発達凸凹マガジン 」でまとめています

自閉スペクトラム症者の感覚と運動の研究の必要性

 発達障害の一つである自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder:ASD)に関しては、従来は社会性や対人コミュニケーションで見られる困難が中心的な研究対象でした。しかし、その多くの方が、日常生活の中で刺激の感じ方の特徴や、運動のぎこちなさが見られます。こうしたことに対して世界的に関心が高まり、2013年にはアメリカ精神医学会の診断マニュアルであるDSM-5において、ASDの診断基準に感覚過敏と感覚鈍麻が含まれました。

 感覚や運動の問題は、周囲から見て分かりにくいことから、本人が抱え込んでしまうことが多いです。例えば、学校で蛍光灯の灯りによって頭痛や吐き気をもよおしたり、落ち着きのない行動の引き金になることがあります。こうした主観的な感覚が生じるメカニズムの理解が進んでいないことから、周囲の行動に関して「我慢が足りない」「わがまま」などと捉えらてしまうことが起こり、その苦しみの一因となります。

 我々のチームでは、大きく分けて、感覚処理障害発達性協調運動障害という2つのテーマの研究を進めています。当事者を対象に、刺激への反応の特徴や処理精度を、心理物理学の手法で明らかにし、その背景にある脳内のメカニズムを脳画像解析を用いて検討します。また、特徴が現れる運動を動作解析で詳細に検討しています。加えて、マウスを用いた行動実験から、こうした特徴が生じる脳内の神経生理を明らかにしていきます。

 以上に加え、作業療法の臨床で、アセスメントや介入を行う専門家と密接な連携を構築しています。こうした研究体制で、基礎実験の段階から研究を推進することで、成果を素早く臨床の現場に応用できる体制を築いています。

 感覚過敏や運動に関する症状の程度は、ASD者の対人コミュニケーションの困難の程度と関連していることも報告されています。こうしたことから、例えば視覚の高い感度から生じる不安などが、社会性の障害など従来の中核症状と考えられていた一部を説明するのではないかといった疑問が高まっています。こうした問いに対して科学的に妥当な知見を提供し、当事者やその周囲の方々の生活につながる研究を目指しております。

感覚処理障害の研究

 ASD者の約90~96%以上が感覚処理障害(Sensory Processing Disorder)をもつと報告されています。臨床的には、この障害は4つの特徴から構成されていると考えられ、感覚過敏感覚回避低登録感覚探求に分かれます。感覚過敏と感覚回避は、刺激によって極めて強い知覚印象を経験し、その刺激を回避するような行動特徴を表します。低登録(一般的に、感覚鈍麻と呼ばれる特徴)と感覚探求は、刺激に対する反応が低下と、それに起因する積極的に過度な刺激を求めようとする状態を表します。

 これまで、ASD者に見られる知覚的な処理能力の過剰について調べてきました。特に、こうした特徴に、脳内で神経活動を抑制する働きがあるγ-アミノ酪酸(gamma-aminobutyric acid:GABA)に着目してきました。ASD者では、脳内の代謝物質の中でも、GABAの代謝に変容が見られることが知られており、興奮(Excitation)と抑制(Inhibition)のバランス(E/Iバランス)の乱れが一つの特徴です。我々は、このGABAの濃度をMRIの撮影によって計測するMRspectroscopy(MRS)という方法を導入し、ヒトの脳内のGABA濃度と刺激に対する知覚的な情報処理の特徴との関連を調べてきました。

 Ide et al., (2019) では、ASD者の触覚刺激に対する時間的な処理精度を調べ、感覚過敏の症状との関連性を報告しました。左右の指先にごくわずかな時間差(15ミリ秒~240ミリ秒)で順番に振動を提示し、どちらの振動が後に感じたかを答えました。この時間順序判断課題(TOJ)によって、個々人がどの程度、刺激の細かな時間情報を正確に処理しているのか(時間分解能)を見積もることができます。実験から、ASD者では、時間分解能が高いほど、感覚過敏の評定値が高いことが分かりました。このことは、過敏な感覚の背景には、刺激の入力を適度に調節するはたらきが関与し、過剰に高い分解能が日常生活の困難につながる可能性を示唆します。例えば、蛍光灯のちらつきを感じたり、洋服のチクチクした感覚に苦痛を感じる当事者の特徴は、高い時間分解能と関係している可能性があります。こうした高い分解能を生じる脳内神経基盤について、機能的脳画像解析(fMRI)を用いた解析を行い、MRSからGABA濃度との関係を探っています。

 

 

  • Ide, M*, Yaguchi, A, Sano, M, Fukatsu, R, & Wada, M (2019) Higher tactile temporal resolution as a basis of hypersensitivity in individuals with autism spectrum disorder. J ournal of Autism and Delopmental Disorders,49(1), pp44-53.website
  • Yaguchi A, Atsumi T, Ide M*(in press) Tactile Temporal Resolution. Fred R. Volkmar (Eds.), Encyclopedia of Autism Spectrum Disorders. NY, Springer.【招待論文】
  • 井手正和,矢口彩子,渥美剛史,安 啓一,和田 真(2017)時間的に過剰な処理という視点から見た自閉スペクトラム症の感覚過敏.BRAIN and NERVE 増大特集 こころの時間学の未来, 69(11).website

発達性協調運動障害の研究

 発達性協調運動障害(Developmental coordination disorder:DCD)は、ASD者のおよそ8割で表れる特徴です(Green et al., 2018)。例えば、字を枠にはめて書くことが苦手であったり、手脚を連動させながら行う運動が苦手であったり、多様な特徴を示します。

 このような手先の細かな動作、上肢と下肢の連動したリズミカルな動作などには、脳内のGABAによる神経活動の抑制・調節が重要なはたらきをします。Umesawa et al., (2020) では、BOT-2(Bruininks-Oseretsky Test of Motor Proficiency | Second Edition)という臨床で世界的に標準化されているアセスメントを使い、ASD者の運動の困難をいくつかの側面に分けて評価しました。また、MRSで運動野と補足運動野のGABA濃度を計測し、アセスメントの評価との関連性を調べました。運動野のGABA濃度に関しては、それが上昇しているほど筋への大きな神経出力を要する粗大運動に苦手が見られました補足運動野に関しては、GABA濃度が低下しているほど手足をリズミカルに動かす協調運動に苦手が見られました

 これらと並行し、モーションキャプチャなどの計測方法を用い、当事者の運動の特徴を詳細に解析しています。運動学的な手法による実験からその特徴をあぶりだし、脳画像解析で背景にある神経生理を明らかにすることを目指しています。