発達障害の一つである自閉スペクトラム症(Autism-spectrum disorders:ASD)では、社会性や対人コミュニケーションの障害が着目されてきまし。 しかし、ASD者のほとんどが感覚と運動について問題をもつと言われています。 こうした障害は、周囲から見てはっきりと分かるものではないので、本人のわがままやが我慢不足などと誤解されてきました。 我々は、こうした障害の原因を解明するために、実験心理学と認知神経科学の手法を駆使した研究を行っています。更に、マウスを用いた比較行動学の実験から、より細かい障害の生理学的過程を明らかにすることも目指しています。

 以上の基礎研究から、見えづらい障害の客観的評価を可能とし、臨床(特に、作業療法)場面での介入に応用しようと考えています。 既存の科学の枠組みを超えた協力体制を背景に、当事者に有益な超領域的な研究を推進しています

感覚過敏について

 ASD者の約およそ90~96%以上が感覚についての問題、すなわち感覚処理障害(Sensory processing disorder)をもつと言われています(井手他を参照)。これは、感覚過敏、感覚回避、低登録、感覚探求から構成されていると考えられています。感覚過敏と感覚回避は、過敏を引き起こす刺激によって苦痛を感じ、それとの接触を避けようとする側面を表します。低登録(感覚鈍麻とも言われます)、感覚探求は、刺激に対する反応が低いことによって、痛みに気づきにくくなったり、逆に刺激を過度に求める状態を表します。我々は、まず、感覚過敏に着目し、その背景には、ASD者の脳の状態としてしばしば報告されている抑制性の神経伝達物質の低下が関わると考え、この仮説を検証するための研究を行っております(図1)。

図1. 脳内の抑制性神経伝達物質の低下が感覚過敏を引き起こすメカニズムの模式図

 

 Ide et al., (2018) では、この仮説を支持するような結果を報告しました。まず、左右の指先にごくわずかな時間差で触覚刺激を提示し、その順番を答えてもらった結果から、それぞれの時間情報処理精度(どの程度の時間差があれば正しく順番を答えられたか)を計算しました(図2)。ASD者では、この精度が高い人ほど、感覚過敏の評定値が高いことが分かりました。すなわち、過剰な情報処理をもつASD者ほど、日常生活でも刺激の印象を強く受け取っている可能性があるということです。現在は、この過剰な時間情報処理精度と感覚過敏に共通する脳内のメカニズムを探るため、脳画像解析(fMRI)を用いた実験と、脳内の神経伝達物質濃度を測るためのMR spectroscopy(MRS)の計測を用いて研究を進めています。

図2. 触覚刺激の時間処理精度と感覚過敏との関係(Ide et al., 2018を改変)

参考文献

  • 井手正和,矢口彩子,渥美剛史,安 啓一,和田 真(2017)時間的に過剰な処理という視点から見た自閉スペクトラム症の感覚過敏.BRAIN and NERVE 増大特集 こころの時間学の未来, 69(11).
  • Ide, M., Yaguchi, A., Sano, M., Fukatsu, R. & Wada, M. Higher Tactile Temporal Resolution as a Basis of Hypersensitivity in Individuals with Autism Spectrum Disorder. Journal of autism and developmental disorders

発達性協調運動障害について

 発達性協調運動障害(Developmental coordination disorder:DCD)は、ASD者のおよそ8割で現れる特徴で(Green et al., 2018)、感覚の問題とともに、当事者の日常生活における潜在的な困難の原因になっています。これまで、ASD者が実験場面で表す運動の問題については検討されてきましたが、それが日常動作のどのような側面に関係するのかについては明らかにされてきませんでした。我々は、ASD者で見られる脳内の抑制性神経伝達物質の状態の変化(E/(I imbalance)がDCDに結びつくと考え、MRSによる脳内神経伝達物質の濃度の計測とDCDの臨床用アセスメントとの関連性を検討しています(図3)。運動の評価には、モーションキャプチャをはじめとする動作解析の計測手法も取り入れています。

図3. GABAのアンバランス(E/I imbalance)に起因する発達性協調運動障害(DCD)の模式図

参考文献

  • Green & Payne (2009)Impairment in movement skills of children with autistic spectrum disorders. Developmental medicine & child neurology, 51(4), 311-316.